スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

--.--.-- | |

CINRA MAGAZINE vol.15

※末尾に追記があります

「cinra magazine」というCD-ROMによるフリーペーパーで「Hang Reviewers High」(それは、このブログのこと)を紹介していただいた。掲載誌を送っていただいたのだが1枚だけかと思っていたら10枚くらい袋に入っていて何だか恐縮してしまう。

受け取ってから毎日、CD-ROMマガジンということについて考えている。作り手はこれを「フリーCDマガジン」と呼んで、一般的なフリーペーパーのようにあちこちで配布している。そして同時に、同じ内容をウェブで公開しているのだ。

しかし僕はそのことについて考えている。そして、このCD-ROMをとにかくドライブに挿入して、どんな記事があるのか、何を訴えているのか知るよりも、まずCD-ROMマガジンという形式について、それがウェブでも公開されるということについてずっと考えてしまうことが、この読み物の難しさでもあるのだろう、というところまでは考えた。しかしやはりこれはかなり難しい問題で、うまくまとまらない。いただいて一週間経ってもまとまらないのでもうあきらめて、ここでは「うまく言えない」ということだけをそのまま書いてしまおう。美学にも知識のない僕が、形式などと軽はずみに口にすべきではないのかもしれない。メディアという言い換えでならうまく話せるのだろうか。それも怪しいものなのだ。

しかし読み手としてなら率直でいられる。まず音楽が付加されているのは意外に楽しい。聴く前は「まあCD-ROMだからテキストと音の両方を入れようというのはありそうな考えだ」程度にしか感じなかったことだが、しかし作り手が実際に配慮しているかどうかにかかわらず、結果としてこの読み物にはこれらの曲がBGMとしてあるように限定されうるのは、日常的な読むという体験からいくぶん脱したものを感じて面白いことだった。それから、ブラウザで読むものを作るということは、作り手にとって(もちろん受け手にとってもそうだが)「スクロールさせる」ということなのだなと理解した。cinra magazineは個々のページにおける文字量はかなり少ない。テキストの左右幅を極端に狭くして、読者にスクロールさせることを強要する。これはおそらくデザイナーの発想だと思うのだけれど、ページの全体が見えないことから、クリックによる紙芝居ではない、ブラウザで読むことの面白さを作ろうとしている。単純な例で言えばスクロールバーを下に動かすことで、読者に視線の移動を楽しませようとしたりする。もちろんこんなことはウェブデザインでは当たり前のことだ。しかし、それを行うためにページ内に表示される文字数を極端に制限するのは難しいことだと思った。

ここまで書いて、自分はだめだなと思った。ここまで、形式の話しかしていないじゃないか。とても悔しい。形式について話してはいけないわけじゃない。しかし形式と不可分にして作り手が語っているものを僕は書けなくちゃいけなかった。こんな単純そうなことが、なぜ僕には難しいのだろう。

このブログの紹介記事では、僕は「blogを始める人に」という題で何か一言と言われて、ネットで文章を書く意味を考えるということについてごく簡単に書いている。でもそんなことはどうでもよくって、面白いのは、このブログ自体について編集者の方から解説を書いていただいていることだ。このブログで僕が何をしようとしているかということが分析的な文章にされている。レビューされ、批評の対象になっている。実は僕はウェブでも、紙の上でも、何かを書いた経験のなかで、トータルで何を意図してそれを書いたかを文章に沿って書いてもらうことは、あまりなかった。実は、ここ一ヶ月ほどのあいだに、相次いでそういうことが起こっているのだ。何だか幸せだ。僕は前に使った書き方をいつも変えてしまうくせがあって、それはへそ曲がりみたいなところがあるけど、変えたおかげで違ったものが与えられることもあるのだ。

※以下は追記です


わかった。CD-ROMマガジンという「読み物」をデザインするにあたって、まず読者に「紙でないことを意識させる」ことがデザインの基本方針としておかれ、そこから「読みやすさを阻害することで読者の注意喚起を計る」というデザインが導き出されることに、振り返って考える余地はないだろうかと言いたかったのだ。それはたしかに「本のデザインではない」ものとして積極的に機能しようとするが、「読み物のデザインとしてある」という第一義を半ば忘却する。CD-ROMマガジンの中身について僕が論じられなかったのは、ここに読み物であることをどこか拒否するかのような敷居の高さを感じてしまったからだと思う。それで全体としてのCINRAではなく、内容は内容として、デザインはデザインとして分離して考えてしまった。内容に伴わない、メディアの個性としてのデザインが優先されるのであれば、それはテキストに何が流されていてもいいということに近いのではないか。CINRAは、僕は内容もデザインも問題ないどころか非常に良くできていると思ったので、よけいにそれについて長いこと考える結果になり、だからこんなふうに思うことができた。

2007.10.30 | | コメント(0) | トラックバック(0) | [文章] [音楽

コメント

コメントの投稿

トラックバック

この記事へのトラックバックURL


FC2ユーザー用トラックバックはここ

 | INDEX | 


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。