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ウルトラマンマックス第24話「狙われない街」

起きたらすごく頭が痛い。重くて痛い。肩も痛い。天候のせいかなと思っていたが、2時間くらいぼーっとしているうちに風邪が悪化しているのだと気付く。数日前から喉が痛かったのだ。まずい。変な時期にひいたものだ。頭がくらくらしてきた。薬を飲んだせいかもしれないけど、熱かな。ちょっと寝たほうがいいのかも。

突然見たくなったのでウルトラマンマックス第24話「狙われない街」を見る。この話はウルトラセブン第8話「狙われた街」へのオマージュであり、正統な続編であるということであまりにも有名だ。なにせ実相寺昭雄が監督をしているのだ。セブンによって倒されたはずのメトロン星人が実は地球に潜伏していた、という話。はっきり言えば、こんなものは最低でも30歳以上の大人が、自分のかつて好きだった一連の「ウルトラマン」シリーズへ郷愁を抱くためだけに用意されたエピソードだ。それ以外の視聴者にとっては本来そんな経緯などどうでもいい。「子供と親が一緒に楽しめる」ことを意図したのか、それとも今なおウルトラシリーズを愛する大人だけが楽しめればいいと思ったのか分からないが、いずれにせよこれは大人の視聴者に対するあけすけな目配せである。そうしてこの脚本は大人の郷愁にあぐらをかきながら、「昔は良かった」式のあまりに凡庸な社会批判を繰り広げる。それは中年層の視聴者の感動を手堅く誘おうというもので、「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ! オトナ帝国の逆襲」と同種の奸計だ。「狙われない街」がいくぶん異なるかもしれないのは70年代直前に作られた「狙われた街」自体がいかにも懐かしい皮肉さの漂う語り口を持った社会批判だったために、単に過去を賛美するのではなく「現代はあの頃よりさらに悪化した状況にある」としている点だ。しかしいずれにせよ「狙われない街」は視聴者の大人たちの郷愁を巧みに利用して「昔の方がまだマシだった」と思わせているだけのものである。社会批判に限らず、受け手の郷愁を人質に語られる作品ではしばしば現在は最悪であり、過去はいつも美しい。

だが僕は、それも含めて「狙われない街」は面白いのだと思う。実相寺昭雄の監督した「ウルトラマンマックス」にはほかに「胡蝶の夢」があり、こちらは「ウルトラマンマックス」という虚構の世界を作るスタッフについて語るメタフィクショナルな内容を幻惑的な演出で見せるものだ。文明批判のメッセージがあまりにも色濃く、また単に郷愁を誘うかのような「狙われない街」は評価しないが実相寺昭雄の真骨頂のような「胡蝶の夢」は評価するという人や、また「胡蝶の夢」はやり過ぎだが「狙われない街」のノスタルジックさは好ましいとする人がいるが、どちらも少し残念な評価だと思う。作品に込められた自己言及的な批評性の高さで見ても「狙われない街」は相当に優れているからだ。実相寺昭雄は「狙われない街」において、郷愁や手垢の付いたような文明批判を排除せず、むしろ彼の映像の持ち味である「エキセントリック」で「アバンギャルド」なものに収めていく作品作りを意図した。歪んだ構図やデカダンな雰囲気に満ちたライティングなどの演出は今ではカギ括弧付きで表現可能な程度の「前衛的な」手法だ。しかしそれを活き活きと貫いたことによって、懐かしいモチーフと古めかしい文明批判がそれが存在した時代に似つかわしい手法によって語られることとなり、結果としてこの作品は一つのトータリティを持ったフィルムとして美しく結実している。かつての「狙われた街」では最後に次のようなナレーションが入る。

メトロン星人の地球侵略計画はこうして終わったのです。
人間同士の信頼感を利用するとは、恐るべき宇宙人です。
でもご安心ください。このお話は遠い遠い未来の物語なのです。
え? なぜですって?
我々人類は今、宇宙人に狙われるほどお互いを信頼してはいませんから。

前述したように、このような皮肉さ自体が現在の我々にとっては懐かしいものであり、たとえ子供向け特撮アニメの中に紛れ込んでいたとしてもわざわざ新しさを感じるほどのものではない。しかしこの皮肉がある種の娯楽として享受できるものであるということは今でも変わらないし、むしろ今なら新旧を抜きにしてただ単に楽しめるはずなのだ。実相寺昭雄はそれを理解して、「狙われない街」においてこの前時代的な文明批判の語り口の肝を抜かず、そうあるべきものとして誠実に演出した。そうして作られたのが、以下の「狙われない街」のラストシーンである。

太陽が暑く照りつける屋上でカイト隊員は言う。頭上には一杯の青空。「あの人の言うとおりだ。奴は、この星に見切りを付けて故郷の星へ帰って行ったんだ……」
ミズキ隊員は振り向いて「でも……」と口ごもる。我々は一体、何と反論できるのだろうか。
唐突にピアノの不協和音。フィルムがブツッと千切れ、不意に物語は終わる。

こういう、わざとらしいほどいかにも外連味溢れる演出の懐かしいカッコよさというのは変わらない。僕は世代も違うし、セブンに郷愁など抱かない。だから郷愁を煽るだけの物語であれば見る価値はなかった。だがこのカッコよさが保証されているから、この作品は誰にだって楽しめるものだと思う。

2008.03.14 | | コメント(0) | トラックバック(0) | [映像] [アニメ

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