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Perfume「GAME」

Perfume「GAME」は素晴らしいアルバムだと思う。これをCDトレイに載せるときに、僕の手は震えた。心臓が早鐘のように鳴った。ずっとずっと前から、彼女たちがどうやったら、彼女たちの望む場所に行くことができるのだろうかと僕は考えていた。それについてはもう何度もここに書いたし、ほかのところでも書いた。「安全なアキバ系」として一定のキャラクター性を与えられれば彼女たちは勝ちなのだという考え方は間違っているとも書いた。だからといって、彼女たちを単にいわゆるアイドルとしても、いわゆるアーティストとしても見ることは間違いだとも思った。だからこそ、Perfumeは難しい存在だったのだ。だから7年間の下積みを経たアイドルが、ついにオリコンでアルバムが1位になって、武道館でライブをやって、ゴールしたね、Perfumeってそういう「いい話」を楽しむグループなんだね、というふうに消費されるのも、やっぱりイヤだったのだ。それは果たして僕が天の邪鬼なのだと言えるだろうか。しかし、たしかにPerfumeとは切っても切り離せないことなのかもしれないけど、でもそんなストーリーのおかげでCDが売れたって、それはPerfumeの作品とは関係ないじゃないか。そう思っていた。彼女たちが自分たちについて、その物語の登場人物としての存在であると思っているのであれば、このアルバムで何も変えないだろう。ここで何も賭けないという勝ち方もあるはずなのだ。僕はそんなのイヤだった。だから僕の手は本当に震えた。

最初に聴いてみて、挑戦的なアルバムだと思った。彼女たちに人々がある種の画一的なイメージを想定している今だからこそ、あえてこれを出してきたのだと思った。まずそのことを喜ばしく思った。しかし、その考え方も間違っていたのだ。そもそも、彼女たちはそんなお仕着せのストーリーのことなんて頓着していなかった。彼女たちは最初からそんなものを自分たちのよりどころにするつもりはなかった。人々が今、自分たちを見ている。そのことだけを理解して、ずっと前から、最初からやりたかったことをやった。そこには、僕みたいな人間が、きっと彼女たちがするに違いないと思ってしまうようなどんな計算もなかった。中田ヤスタカもそうだった。そういう意味では、これは挑戦的なアルバムですらないのだ。だからこそ、このアルバムはものすごく強い。僕は聴く前に、本当にうっかり、それぞれの曲が「僕にとって今までのPerfumeっぽいかどうか」を聴こうとしていたのかもしれない。そうではなかったとしても、「うるさがたを満足させられる音になっているだろうか」くらいのことを考えたかもしれない。でも、その考え方はどっちもPerfumeが本当に考えていたこととは何の関係もない、ずっと保守的な見方で、僕はだから全く裏切られた。彼女たちの、ものを作ることに賭ける態度を、僕はきっと甘く見ていたはずなのだ。何度も何度もヘッドホンでこのCDを聴きながら、そういうことをクイック・ジャパンの77号に書かせていただいた。

サウンドについては誰かが何かを言うだろう。しかしこのアルバムは歌詞が素晴らしい。僕はフリッパーズ・ギターのことを考えた。これを何度も読んで、僕は「ここにおいて90年代はもう絶対に終わっている」と思った。個人的な感情なのか、世代なのか、何なのか分からないけれど、僕と近い意識を持って時代を眺めていた人には、ひょっとしたら分かるかもしれない。でもあの90年代の不安は、寂しさは一体いつ終わるんだろう、本当に終わったんだろうか、僕はずっとそう思っていた。怯えていたのかどうかはよくわからないけど。「だろうだろうはもういいだろう」というのはエレクトリック・グラス・バルーンの杉浦英治の言葉だったと記憶しているが、彼がそう言っても、しかしあのころなぜみんなが「だろう」を必要としたかはこれまであまり考えられずにきたように思う。僕もフリッパーズ・ギター・コンコーダンスを初めて見た当時、すぐに「だろう」を検索したものだが、しかしその言葉が何を意味するのかはよく分かっていなかった。もちろん、あの「だろう」という言葉は決定された未来に対する諦観だったかもしれない。「君がわかってくれたらいいのに」という叶えられない望みを抱えて、存在しない「ほんとのこと」へと船を漕ぎ出してしまえば、やがて波打ち際で女の子の首を絞めるシーンで終劇となるのだ。そこからやがてセカイ系を通過して到達した先にいるPerfumeは、「たぶん」という、「だろう」と似て非なる言葉によって、ついに世界や他者の謎を解こうとしない。永遠に接触できない他者とただ世界に存在しようとするだけの力の美しさを、彼らは表現している。

最後のときが
いつかくるならば
それまでずっと
キミを守りたい

これは90年代に描かれた絶望を、明確に過去のものとして区別している。90年代が描いた他者と、このアルバムの描く他者を並べたときに、僕はようやく90年代から現在までのパースペクティブを見た気がした。そして、このタイミングで90年代が明らかになったからこそ、今や終わりを迎えているこの21世紀の最初の10年について、僕はまとめ始められるように感じた。

そんなような、僕がこのアルバムについて感じたこととか、そもそも僕がPerfumeをどう考えているかというようなことは、もうずいぶんまとまった量のテキストになってしまった。雑誌に書いたのもあるし、ここに書いたのもあるし、ずっと前にほかのサイトに書いたのもある。それから実は今、クイック・ジャパンのブログでは藤井編集長とライターの吉田大助さんと僕が74号から77号までのPerfume特集について話した座談会の連載があって(1 2 3 4 5 6)、僕はそこで上記に書いた90年代の話とか、「Butterfly」がエロいとか、そういうことについて頼まれもしないのにずいぶん触れている。ブログに書こうとしたことだけど、ここであらかた話してしまおうと思ったのだ。そういう多分にイカれた文章を載せるメディアというのはあんまり今ないと思うんだけど、QJ編集部の皆さんはすごく熱心に更新してくださっていて、だからどうかよかったら、長いですけど、ぜひ読んでいただけるとうれしいです。

それにしても、今や「Perfumeはなぜ売れたのか」とか言う人だっているんだ。そうしてニコニコ動画だ木村カエラだエレポップだなどと言っているんだ。今さらで、笑ってしまうんだ。それに、いまだに、そんな話し方がPerfumeを語る上で面白いものだと考える人もいるってことなのだ。あいにく、そんなことはどうだっていいんだという話ですら、とっくに終わらせてある。だから僕らはそんな言説を見ても、彼らに対してにっこりしておいてあげればいい。まあ、せめて今現在にとって意味がある問いを立てるつもりであるなら、「Perfumeはなぜ今に至るまで売れなかったのか」を考えた方がいいのにとは思う。その答えには、今という時代や、そこで僕らが陥っている問題のすべてが集約されているに決まっているのだから。でも、そんなこと考えなくたっていい。「GAME」を聴いて、よかったらPerfumeの(あの、素晴らしい)ライブを見に行ってほしい。彼女たちはここまでやったんだ。本当によかった。彼女たちはようやくスタート地点に立ったのだ。すごいよね。これからどうなるだろう。彼女たち自身も、中田ヤスタカも、ファンも、レコード会社も、誰も予期していないPerfumeは、まだ、今なお、いつもとまったく同じように継続している。疑う余地はない。それでもなお、最後の時はいつか来るだろう。しかし、だったら何だというのだ?

だからどうか皆さん、よいPerfumeを。

2008.04.29 | | コメント(4) | トラックバック(0) | [音楽

コメント

ワタシはMOSAIC.WAVの「片道きゃっちぼーる」の歌詞を聞いたときに近い感情を持ちました。ディスコミュニケイトを諦めることを乗り越えた曲タイトルからして示唆的ですが。

2008-04-29 火 13:34:25 | | polytope #- [ 編集]

polytopeさんコメントありがとうございます!!
「ダイアログにならないし」ですね!
なるほど確かにそうですねー。なんというかこういう明らかに90年代~ゼロ年代初頭を経て生まれている言葉を見ると気持ちがいいなあ。「ニュー○○」とか「ネオ△△」とか「×系+◎系」みたいに過去の物を組み合わせてコレが新しいんですみたいなことをやってるのがばかばかしく感じてきます。

2008-04-30 水 23:21:49 | | ソメル #- [ 編集]

大げさでなく、このテキストを100回は読みました。
彼女たちが紅白歌合戦に出場を決めた記念に
コメントさせてもらいます。

無償の愛を感じる文章です。

2008-11-27 木 20:34:43 | | ウー #- [ 編集]

ウーさん、コメントありがとうございます!
記事を何度も読んでいただいたそうで、とてもうれしいです!!
今やみんながPerfumeの新曲を耳にする時代になりましたね。素敵なことです。紅白も楽しみに見ようと思います!

2008-12-11 木 18:53:55 | | ソメル #- [ 編集]

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