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ミニコミ「Hang Reviewers High」

このブログ「Hang Reviewers High」の記事を一部抽出してまとめたミニコミ誌をばるぼらさんが作ってくださった。

今後どのような流通に乗って販売されるのか全く知らないが、さしあたって11月9日の文学フリマで売られることになった。いずみのさんの「ピアノ・ファイア・パブリッシング」のブースにて委託販売させていただきます。ブースの位置はB-33。ちなみにいずみのさんは「漫画をめくる冒険」の別冊を出される予定で、これは表紙を西島大介君が描いている。

さてミニコミ「Hang Reviewers High」だが、詳細は以下のようなものらしい。

書名:『Hang Reviewers High』
著者:ソメル
デザイン:戸塚泰雄(nu)
その他全部:ばるぼら
サイズ:A5 x 72p
価格:500円
売り場:文学フリマ会場二階 B-33

ばるぼらさんが編集してくださって、しかもミニコミ誌「nu」の発行・編集、あるいは「エクス・ポ」「フリーターズ・フリー」などのデザインでおなじみの戸塚泰雄さんがデザインしてくださるというのはすごいことだ。とてもありがたいことで、お二方に感謝するのはもちろんだが、しかしこの本が面白いのは、僕がこのお二人とともに積極的に本作りを行ったわけではないところだ。とか書くと何かずいぶん尊大な著者みたいだな。でもようするに、このミニコミはちょっとだけ変わった経緯で作られている。

ばるぼらさんから、このブログの内容をミニコミにしたいというメールをもらったのはちょうど1年ほど前、2007年の10月末のことだった。メールの内容はネットの文章を本にする小部数のミニコミレーベルを作りたい、その第一弾として僕のブログを選びたい、ということだった。そして、そのミニコミは以下のような条件のもとで作りたい、という。

・収録する原稿の選定・並び、デザインなどはすべてばるぼらさんが行い、原則として著者は意見しない
・文章内容は極力ウェブのままで収録する
・印税なし。著者には刷り部数の10%を現物支給する

これはすごく面白い企画だと思った。要するに彼は、ネット上のテキストを、書いた僕の意向を極力排除して、乱暴な言い方をすれば僕の書いた文章を「勝手に使って」本を作ろうというのだ。その姿勢は、スクレイピングだのマッシュアップだのといった言葉によって、何だか今やすっかりネットのお家芸であるかのように言われている種類のもので、つまり彼がやろうとしていることはネットにとって「素材」としてしか見なされていない紙メディアの側から、逆にネットを「素材」として扱ってみせたものを作る試みであると言うこともできる。

しかし上記のような説明ではまだ、ばるぼらさんの意図を正確に伝えているとは言い難い。彼の意図は、もっと視野の広いことだと思う。彼はおそらく、このように自由な意志で素材を寄せ集めて一つの作品を作る手法は、別段ネットに特有のものなんかではない、ということを示そうとする意味もあってこのミニコミを企画しているはずだ。

昨今、我々が例えばYouTubeやニコニコ動画などでMAD動画を見て、素材を自由に利用して作られたコンテンツの面白さを感じるとき、「このような面白さはインターネットという場所、あるいは情報技術の活用ないしはデジタルメディアであることを条件に成り立っている」と勘違いしてしまうことがままあるだろう。しかしそれは間違っている。そのような考え方は、単にネットというメディア自体が面白いのだという短絡によって、我々がそこで何を面白いと感じているのかを見落とすことにつながっている。

では、そこで我々が感じている面白さとは何か。もちろんそれは、編集した者が素材に意味を与え、一つの文脈を立ち上がらせるということの面白さだ。「膨大な素材が他人によって選出され、制作者の意図を離れて編集される」ということ自体が面白いのだ。ヒップホップ以降に台頭したサンプリングミュージックが面白いように、またバロウズが実践したカットアップによる文学が面白いように、まさにそのようにMAD動画は面白いのである。そしてまた雑誌も、同様に面白いのである。むしろ雑誌やミニコミなどはそのような面白さを持ったメディアの最たるものとしてある。たしかに、ネットやデジタルメディアはそのような面白い作品を一般人が手軽に作ることを可能にしたが、そのことに拘泥してしまうと、紙メディアに同じことが可能であるということ、我々が愛するのはその思想と手法でありメディアの形態ではないのだということ、そしてまたネットと紙ではその「面白さ」のあり方がどう違うのかということが、安易に見落とされるはずだ。

そして僕は、メディアを問わず、そういうやり方で作られたモノが大好きだ。サンプリングとか剽窃とかマッシュアップとかミクスチャーなどという考え方そのものをほとんど偏愛している。そういうモノが大好きだ。だから僕は、即座にばるぼらさんの申し出に快諾して、あとは制作について一切口を挾まなかったのである。好き勝手に、自由に、僕の意志なんて介在しないように、作ってほしかったのである。そういうことがしたいという思想に共感したのである。

ではミニコミ「Hang Reviewers High」において、そのような編集の力による「面白さ」はどのように出ているだろうか。ばるぼらさんからメールをいただいたとき、彼が「こういう内容にしたい」という目次を見せてくれた。それは当然のことながら、このブログから記事を抽出して並び替えたもので、つまりすべて僕が書いたテキストなのだが、それを見て僕は唸った。やられたなあと思った。その目次は、それ自体がばるぼらさんの編集力の高さを伺わせるもので、一つの本としてはっきりとした主題の提示を持ったものになっていたのだ。

主題。メインテーマ。たびたび書いていることだが、僕はこのブログ「Hang Reviewers High」にトータルとして一つの意味を持たせようとしている。一つ一つの記事が単に個別の作品のレビューのようになってしまうブログという場所で、それでも一つの主題を持ったひとつなぎの読み物を作ろうと躍起になっているのだ。「Hang Reviewers High」というタイトルそのものや、「イカれたDJどもを縛り首にしろ 連中がタレ流している音楽なんて ぼくの人生に何の関係もない」という文句も、その主題というか含意というかメタメッセージのようなものを象徴している。しかしブログという形式は、今書いたように一つ一つの記事が個別のものとなってしまいやすいので、そのような背景にあるメッセージが届きにくい。だから、このブログではその主題にかかわるものは個別に見ると曖昧で謎めいて見えるようになっているし、だからこそこのブログの最後に書かれるテキストではそれを謎解きのようにメタ的に解説して終わる予定である。

ところがばるぼらさんの作った目次は、このブログの主題を完璧に理解した上で、それを軽々とまとめ直してみせたものだった。これには驚いた。膨大なバラバラのテキストを一つの主題に基づいてまとめ、かつ読むに耐えさせること。紙メディアがネットに対して持つ最大の優位とはそれであり、それが編集という仕事の最も面白い部分だ。逆に言えばネットはその点において紙よりも圧倒的に劣っている。レビュー主体のブログに主題を持たせるために苦心しなければならないということ自体が、まさにそれを証明している。ばるぼらさんはその点を十分に理解して、このブログの文章を一冊の本にまとめるということをやってみせたのだ。紙メディアは、一つの読み物としてのトータリティや主題だのを、ブログよりも明快に、強固に作り出すことができる。彼がまとめた本の通りに読めば、間違いなくこのブログの主題がみるみる浮き上がってくるはずだ。自分の書いたテキストなのに、他人にまとめられてから「面白い」とか思ってしまった。ネットでのオリジナルの書き手としてこれは少し悔しい。しかしもちろん、すごくうれしい。僕がこのブログでやろうとしたことを彼は理解して、それに対する批評としてミニコミの目次は成り立っていたのだ。

逆に言えば、このブログの主題がなんなのか、このミニコミを読めば一発で分かる気がする。というか、ばるぼらさんがブログに揚げている「前文」の内容もかなりネタバレっぽいというか、別に隠している訳じゃないが、とにかくこれを読めばなぜ僕がこんなレビュー形式のブログをやっているのか、それにどういうメタメッセージを込めようとしているのか、ということは分かりそうだし、どんなミニコミなのかという内容も分かりそうに思う。このばるぼらさんの文章もすごくって、「爆撃」と書かれているのが素晴らしい。この言葉は、このブログを僕が書くに際して「大量の弾を撃ちまくることが必要だ」と決めたのと呼応している。すべてをここに書くことはまだないが、ものすごく簡単に言えば、このブログは、この本は、「今という時代に、主にネットで、作品について意見を述べるということ」についての内容になっているはずだ。もちろん僕は「勝手に作られた」著者なので、ほんとにそんな本になっているのか、全く知らない。デザインも見ていないしゲラのチェックなんて当然していない。ばるぼらさんのところにある画像が表紙なのだろうか。分からない。しかし分からないのがいい。僕が知っているのは目次だけで、ひょっとすれば後からばるぼらさんが目次を作り替えた可能性すらあるけれど、しかしそれすら分からない。だが、少なくとも僕が見た目次では、僕がここで書きたかったことが書かれた本みたいだ(自分で書いたんだから当たり前だけど)。たぶん読むと、僕が早くここに現出させたい「主題」が感じられるはずだ。そんなことが書いてある本、読んでみたい。そんな本、面白そうだもん。自分が。ようするにこの本は、著者ではなくただ読者として、すごく楽しみだ。

というわけで編集とか紙とネットとかいうことも考えられる面白い本である上に、全く盛況を極めているかのような批評とか評論とかレビューとかいうものが退屈でしかたがないということを(もちろん)ザ・スミスばりに標榜しているはずの本なので、僕が言うのもホントに変な話だが、おすすめです。11月9日の秋葉原、文学フリマでぜひお買い上げください。僕も当日行かないと完成した本を見ることすらかなわないので、必ず行きます。72ページ1冊500円は「安い」といずみのさんに書いていただいているが、僕はミニコミの値段の相場とかをよく知らないし自分で作っていないので安いかどうかも分からないけど、安いと言っていただいているのでそのへんもバリューとして付け加えておこう。疎くて分からないが、安いほうがいいものなのだろうか?あとオマケだが、一応僕は「あとがき」を書いているが、書いた内容はこのミニコミに対する想像に基づいたレビューのようなもの、ようするに上記に書いたようなこととあまり変わらないので、そんな「書き下ろしのテキスト」を期待して対価を払う必要はない。「ネットでも読めるもの」が編集された姿を、ばるぼらさんと戸塚さんの仕事を、ぜひお買い求めください。あと、最後になったけど、同じくいずみのさんのブースで吉田アミさんが配布されるフリーペーパーに、僕が「ニーツオルグ」というサイトをやっていたときに書いた「めぞん一刻」についてのテキストを掲載していただくそうです。どんなのが載るかを見せていただいたんだけど、自分が書いたものながら、かなり読みにくかった。こんな文章をアップするなんて迷惑な奴だなと思った。さやわかめ。あとついでにもうひとつオマケだが、ばるぼらさんによると

ちなみに本はソメル名義になっています。
さやわかのさの字もありません。

とのことである。それでいい! と思った。たしかに、ネット上で、このブログで、書かれたものなので、ぜひそうあってほしい。

2008.11.04 | | コメント(2) | トラックバック(0) | [文章

コメント

誘い受けの元にーとそーぐの人は行きますか?
誘われ攻めのばるぼらさんに会ってみたいので行こうかなぁ。_( (_´Д`)_
_( (_´Д`)_アキバ遠いなぁ

2008-11-08 土 17:48:30 | | おざなりさん #- [ 編集]

おざなりさんこんばんは!お久しぶりです。
もちろん僕も行きますよ!行かないと僕自身も完成した本を見られないので。おかしな話かもしれないですけど、ほんと自分が読むのが楽しみなミニコミだなあ。

2008-11-08 土 23:17:09 | | ソメル #- [ 編集]

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