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未来の想い出

「SF全短編」を読んだついでに藤子・F・不二雄「未来の思い出」を読むが、これは読んだことがあった。途中まで読んでやめていたような気がしていたのでやや積極的に「読まねば」と思って読んだわけだが、読み進めるうちにああこれは最後まで読んだことがあるなと気づいた。まあ、これも何かの縁なので読む。

冒頭には、奇しくもSF全短編で読んだ「SFというジャンルのアイディアは昨今ほとんど出尽した」と同じ話が書かれている。

そうだ!それを描いてみたら?若返って人生のやり直し……

若返りね。古いね。ファウスト以来、手あかのついた題材じゃないか。

題材なんて光の当てようで新しく装えるさ。それよりそんな夢みたいことを願うきみの切実な気持ち、その切実さをテーマにすれば……きっと読者にも通じると思うがね。


「題材なんて光の当てようで新しく装える」ということで、やっぱりSF的なモチーフを基に、「新しく装った題材」が描かれるということがここでは説明されている。では一体、「未来の想い出」は何を描いたのか。果たして「若返りを願う切実な気持ち」を描いた物語なのだろうか。

老いた漫画家である納戸理夫は、自分の人生が駆け出しの漫画家になったばかりの頃からゴルフコンペでホールインワンを出してショック死するまでの間でループしていることに気づき、ループからの脱出を試みる。しかし決められた流れを変えようとすると「警告」として「すっごい痛み」が訪れる。

「運命」という奴は、シナリオの書き替えをきらうらしい。ストーリーの流れが大きく外れそうになると、なんとかつじつまを合わせようとする。


「シナリオ」を作成した超越的な存在はこの作品には登場しないが、納戸が「奴」と呼んでいるもの、すなわち「運命(の神)」なのだろう。

さてこの運命のループは、「運命」が「つじつまを合わせようと」して、納戸の惚れた女性のマンションを火事にしたところで、次のセリフによって打ち破られる。

もうたくさんだ!!
焔の中で晶子と一緒に死んでやる!!
「納戸半世紀」のシナリオを大幅に改稿させてやるぞ!!
ざまあ見ろアハッハッハ
アハハハ……
晶子ーっ!!
結婚してくれえ!!


これはつまり自殺である。この自殺によって、納戸は再び駆け出しの漫画家に戻るかと思いきや、ゴルフコンペでホールインワンを出した直後の世界に飛ばされる。しかも、劇画ブームに流されることなく子供向け漫画を書き続けた、地位ある漫画家としての人生にカムバックする。また本来なら結ばれることのなかった晶子と自分は結婚しており、火事場に飛び込んで晶子を助けたことになっている。

しかしこれは「運命」による「つじつま合わせ」の一環だろう。おそらく火事の中で納戸は本当に死んだのではないかと思われる。なぜなら、仮にここで晶子を無事に救い出しても「ホールインワンによるショック死」まで反故にされる理由はないのである。当初、ループの流れを逸らしてうまく逃れ出ることを目論見ながら、最終的に納戸が選んだのはループ全体を破壊することだった。その最大の手段が自殺である。ループは破壊された時点で戻りようがなくなり、存在しなかったものになる。だから火に飛び込んだ時点ですべての人生が覆され、本来死ぬべきだったホールインワンの直後、すなわちループのある流れとは全くパラレルな位置にある人生へジャンプしたのだろう。いきなりジャンプしたせいで記憶喪失ぎみになったり、「記憶がドッとあふれて空白を満たした」という形で後から記憶が補填されるのも、この幸福な現実が「つじつま合わせ」によって作られたものに他ならないからだろう。

つまりこの漫画は、ループ内にいる納戸にとってはとても辛い、最終的に自殺を選ぶような現実なのだ。しかし納戸のモデルはもちろん藤本弘であり、彼の婦人が「正子」という名前であることからもわかるが、この作品はむしろ、現状に対する作者の途方もない幸福感を逆説的に描いていると言うべきである。この物語は自伝的に半生を語るものではなく、幸福な現在から「存在しなかった現実」を描写している。だからこの作品は明るい。

2006.12.30 | | コメント(0) | トラックバック(0) | [マンガ

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