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レイナナ

正月はたいしたこともせず、本も週刊誌以外は読まず。アイドルの振り付けについて考えたりしていた。それから、「レイナナ」が発売されているのに全く気づいていなかったので慌ててプレイする。僕は「リアライズ」を大変高く評価しているので、やらずにはおれない。

やってみると、僕が面白がりそうな部分がToHeartに近いなあと思った。これは、ヒロインの両親がToHeartの主人公になっていることに見られるような、設定上のつながりを意味するわけではない(というかその設定はオマージュに近いもので、裏設定だなんだと騒ぐ必要もないことだと思う)。ノベル+育成シミュレーション+アクションといういろいろな要素を持ったゲームだが、ゲーム(1周)クリア時のステータス値が次回以降に引き継げるので、育成要素は全く高くない。また、イベントはステータス値とは無関係に、その回のプレイで行ったコマンドの回数によって発生するという変則的なルールになっている。例えば開始時すでに体力がMAX値になっていても、特定のイベントを見るには5回以上トレーニングを行う必要があるとか。

しかもパラメータ値はアクションパートでのキャラクターの強さに関係しているのだが、このアクションパートが非常に簡単なのだ。おそらくこのアクションパートは、「リアライズ」においてはテキストしかなかったバトル描写をもっとゲームとして味わわせ、シーンの緊迫感や「自分の力でクリアしている感」を増させるために作られたものだと思われるので、この程度のゲーム性で十分だと判断されたのだろう。だから、パラメータ値自体にもそんなに意味はないのである。

つまりシミュレーション画面でのコマンドは、実質イベントを起こさせるためのトリガーとしてのみある。この「分岐」ではなく「作業」に近いゲーム性は意味もなく校舎内をウロウロしたToHeartにおける作業と異ならない。作業というとどことなくネガティブな響きがあるが、しかし僕はこのユルいゲーム性が嫌いじゃない。また、それによって起こされる些細なイベントが好きだ。PS版ToHeartの休日シーンなどにあった、ゲームの本筋にはまったく関係ない、くだらないイベントが好きだったように、僕は基本的にこのノリが好きなのだ。こういう日常の些細な描写に女の子との交流やかわいらしさを込めようとするテキストを見ると、ああ高橋龍也のゲームらしいなと思う。彼の文章においては、とりわけキャラを見せる部分では「好きな食べ物は?」「幽霊を信じる?」みたいな些細な質問や、そこから起こる平凡な日常描写や会話の積み重ねによって、女の子をプレイヤーにとって魅力的に見せようとするものが多い。これは今のギャルゲーというか「萌え」の傾向とは違うのだけれど、僕はすごくいいと思う。これは人物設定と作品上にテキストとなって現れるエピソードが曖昧になってしまうような文章の作り方をしていない。キャラのたたずまいがプレイヤーと一緒に過ごさせることで現れ、その中からキャラの持つ「かわいさ」に気づいてほしい、ということなのだ。エピソードがかわいいのではなく、設定がかわいいのではなく、人間としてキャラを愛されたがっている。

だからこそ、あまり手のかかっていないイベントにはつまらないものがあって残念だった。たとえば有美に「今日食べたいもの」を聞いたシーンで「冷やし中華」と答えられて「なんか意外!」で終わってしまうのは設定を喋っているだけに近く、細かなエピソードの積み重ねにはなっていない。細部に渡って作り込まれていることに意味がある作り方なのだから、こういった投げ出し方をされている部分は非常に気に障る。

また、イベント内の選択肢が非常に少なく、あってもほとんど意味がないのも残念だった。シミュレーションパートが形式的に難しいからこそノベルパートに複雑な分岐を入れることが嫌われたのかもしれないが、それならば分岐という概念自体を全く残すべきではないと思う。アクションパートのゲーム性のユルさは、それでも負ければゲームオーバーになる種類のものであってプレイヤーにゲームへの没入を誘えるものだったが、ノベルパートにおける分岐はどれを選んでもゲームの趨勢に対して影響がない。選択肢によってCGが見られたりパラメータ値が上下したりはするが、いずれもストーリーに大きく影響しないものだ。パラメータ値がもう少しゲームにかかわっていればまだ違うのだろうが、前述の通りシミュレーションパート自体にはほとんどゲーム性はないのである。結局、選択肢の無意味さはのれんに腕押しのようなものである。「自分の選択によってストーリーが変化する」というノベルゲームの最も面白い部分が排除されてしまい、ゲーム世界に対して自分が影響を与えていないという白けたものを感じさせる要素にしかなれていない。

あとストーリー的にはレイナナが民衆の多数から支持されている描写を冒頭に近い部分に作るべきじゃなかったかと思う。そういうシーンがないわけじゃないんだけど、描かれるのが遅すぎる。アイドルとしてのヒロインがファンに囲まれるようなシーンがないのは別にいいと思う。「櫻井玲奈」は主人公にとって遠くて手の届かない世界において支持されているけれども、主人公のいる「レイナナ」側の世界での彼女はそうとは感じさせない、日常的な存在である、という意味になるからである。千夜がいつの間にかトップスターになって、手に届かない存在になるエピソードが効果的に見せられるのも、彼女への芸能界における支持がさりげなくしか描かれず、主人公にとって彼女が基本的に日常的な存在であり続けたからである。しかし「レイナナ」側の世界は主人公が主に属する世界であり、このゲームのタイトルであるメイン世界であるから、その世界を感じるためには説明がもうちょっと欲しかった。冒頭から長い間、一般社会との接点がRRF(自衛隊みたいなもの)しかないので、一般民衆がレイナナをどう支持しているか、捉えにくい。レイヨンについてはさまざまな形で語られるのですぐに理解できたが、レイヨンがいなくなったあとで登場したレイナナを人々がどう受け入れたとか、このヒーローがどのくらい人々に浸透していて、どう思われているかということが伝わりにくい。必殺仕事人みたいな裏の存在なら別だが、「スーパーヒーローが当たり前のものとして存在している社会」を描くのなら、ヒーローと社会の接触をもっと始めからちゃんと描写していった方がいいと思う。簡単に言えば「鳥だ!飛行機だ!いやレイナナだ!」みたいなベタなシーンが最初の方に入るだけでずっとこの世界を感じやすいということだ。

なんかよくないところが多いような書き方だが、それでも楽しいゲームだと思うし、好きだ。文章は丁寧で読みやすく、しかも誤字脱字のような間違いがほぼない。前にも書いたけどこれはけっこうすごいことだ。でも定価で9000円以上するのはあまりに高すぎると思う。消費者にここまでお金を出させないといけない種類の娯楽ではないように思う。この値段が業界的な標準なのだとしたら、こういう書き方は作り手のプライドを傷つけるものだろう。しかし僕はそれなら、そんな高い値段でリリースしなければならないような、または安売りを前提としなければならないような市場がおかしいと思う。そうして、誰か安くて早くてうまい商品を作って売りまくってしまえばいいのに、と安易に思ってしまうのだが、難しいのだろうか。

2007.01.04 | | コメント(0) | トラックバック(0) | [ゲーム

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