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BET

渡辺和博が死んでしまった。何となく、絶対に死なないような人だと思っていた。それは僕がJBの不死を当然のこととして信じていたのとは全く違い、最初から、渡辺和博という人の存在自体をどこか信じていないようなところがあった。僕にとって彼はメディアのわずかな隙をどんどん浸して、至るところに存在していくような人だった。それが「金魂巻」であろうと「ガロ」であろうと、また「エンスー養成講座」であろうと「ナウのしくみ」であろうと彼はあちこちに遍在しており、その様は僕にとって人間として感じられないほどポップだった。つまり彼の活動はそれ全体をしてアーティスティックなものだった。たまたま僕の見るものに彼が登場しやすかったのかもしれないが、それでも「ガロ」と「ナウのしくみ」がかつて横断可能であったということは現在において驚きに値するようなことだと思う。

ばるぼらさんにいただいたミニコミ「BET」の特集「自販機本 自販機本のビューティフルな世界 」には「X-MAGAZINE/Jam/HEAVEN全冊レビュー」として各誌の目次が載っているのだが、そこには、やはり渡辺和博が当然のように居座っている。それを見ながら上記のようなことを考えていた。

BETは面白かった。内容はもちろんだが、編集後記が目を引いた。ばるぼらさんにしては珍しく、自分の仕事についてはっきりとした意見を書いているのだ。

自分がやっていることは一種のカウンターだと考える。よく判らないもの、まだぼんやりとしか理解していないもの、判断できないもの、皆が知らないもの――そういったものの情報や資料をまとめて、一つの世界観を呈示し、皆に報せたい、消費させたいという欲望がある。「昔は良かった」と爺婆が語る伝説や、一部の人達にだけ独占されている知識・価値観の正体を暴いて、誰もが共有できるものに変えてしまう、時には幻想を剥ぎ取ってしまう、消費しにくいものを消費しやすい形に変えてしまう、そういった行為が自分の役割だと思う。だから本誌は当時を知る人間に対しての懐古/回顧サービス業ではなく、「お前達が大事にしている秘密はこういうことだろう」と突きつける反抗のつもりだ。現代に通じる文化の源流の再確認という意図は、実はあまりない。

これは、これまでのばるぼらさんの仕事すべてに言えることだ。このことは、いつか誰かが指摘しないかと思っていたが、本人が語っていたのでほとんど拍子抜けである。

僕はときどき、ばるぼらさんの批評的態度がいかにして成り立っているかを考えることがある。例えば、彼がインターネットについてあまりに詳細な本を書いたからといって、彼のことをインターネットを愛する、インターネットのすべてに肯定的な人間だと考える人はずいぶんいる。彼の本を読んで懐かしいと感じるような人なら、なおさらそう思うだろう。そのような人は、しばしば自分にとってノスタルジックな何かを彼が知っているからといって、彼を「自分たちの仲間」であると誤解し同調を求める。それはもちろん悪意ですらない。だから彼は、いつも口を濁すばかりである。彼は別に対象に対してことさら愛情深いがために本を作るわけではないのだ。むしろ彼は仕事の上で、対象に対して必要以上に愛着を持たず、常に一定の冷淡さを保とうと努めているのだ。だから彼はインターネット全体を無条件に肯定するような論調に必ずしも同意しないし、同意しても、その理由を愛情故だと取られることを嫌うだろう。彼はそのようにして、対象から離れた位置を確保している。彼は公の場でこれまで一度も自分の年齢を言ったことがないと思うが、それは自分の仕事を世代故の愛情として語られたくないからであり、また彼にとって観察対象となりうる世界のすべてから遊離してあるためではないかと想像している。そんな誰からも遠い距離を保つことで、彼はどんな些細なことも見逃さないであろうとすることができるのではないか。そう思っているから、僕は一度も彼に年齢を尋ねたことがない。

「BET」において語られている自販機本についても、彼は深い愛情を持ちながら一定の距離を保っている。だが彼はそんな距離を保つことで、彼は誰もが見落としている雑誌というものについて平然と語ることを可能にしている。昨今では各誌についてはもちろん、編集者やエディトリアルデザイナーという人間の情熱によって成り立つ雑誌というメディアの面白さそのものを多くの人が忘れかけている。しかしこういう、誰が作っているか、誰が寄稿しているかを見るだけで誌面が浮かんでくるような雑誌は、確かに過去にはたくさんあったのだ。あまりに純朴なマスコミ批判などが恥ずかしげもなく語られるこの時代には、雑誌の作り手などほとんど気にされない。だからこそ雑誌というものが人間によって作られているということをこれほどまでに意識させられる本は最近なかった。ばるぼらさんは、全く彼自身の言う通り、多くの人がいま目を向けていないことを常に淡々と指摘し続けている。

2007.02.11 | | コメント(0) | トラックバック(0) | [文章] [マンガ

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