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Anime World Order Show

ブログがずいぶん整備された結果、ウェブではどこを見ても同じ話題しか手に入らないことが多くなってしまった。それなりの間、RSSやブログをまじめに使ってみたのだが、やはり情報に偏りが作られにくいようだ。この新しい流通手法のおかげで情報がこんなに流れやすくなったというのは僕だって素晴らしいことだと思う。しかしマスコミが流す大本営発表や個人が書き留めた些細な話題が技術の上で平等に流通していながら、同時にその技術そのものが「みんな」にとっての重要度に合わせて話題の価値を決定付けることを許してしまっている。しかしこの技術に平等さがあるから多様性を実現しうるというのは誤解で、平等さは衆目の集まりやすい記事に誰もが注目しやすいという平凡な状況しかもたらしていないように思う。個々のユーザーが能動的に情報を集めていると錯覚させながら実態としてプッシュ型に近づいてしまうというのは退屈どころか欠陥を含んだシステムだと言いたい。「フォークソノミー」(folksonomy)という言葉には、よく考えると僕の感じる不満が内包されている。この言葉は疑いもなしに「民衆/人々」という大きな主体を持ち出すことで個別のユーザーという存在を忘却させ、その大きな主体によって情報全体が乱暴に分化されゆくのをことさら讃えているように思えるのだ。

前にも書いたが、最近はポッドキャストをけっこう聴いている。ポッドキャストもウェブと同じ仕組みでネットワーク内を流れるが、音声というのが本質的にテキストデータと相容れないせいで、同じインフラでありながら別の課程で流れる情報のように扱うことができる。大雑把な言い方をすれば、音声データにはテキストデータと違いそれ自体に意味内容が付随しないため、ここにRSSやブログ検索に現れない面白さが残される。それから、言うまでもないことだがプッシュ型であるこのメディアには「僕にとっての面白さ」を偶発的に見つけ出す契機が絶えず存在している。

日本のポッドキャストは企業主導のものが面白く、中でもやはりTBSラジオのものがいい。出演者のタレント性を前面に出すのではなく、人文系のテーマなどを豊富に揃えて「じっくり聴く」ための内容を用意しているのがいいのだと思う。この方針は、日本だと他局はもちろん個人によるポッドキャスト配信ですらも、じっくり聴くための内容が重視されないのと大きく差別化できている。先に書いたとおり新たな情報源としてポッドキャストを見い出そうとしている僕には「好きなテレビタレントが語る雑談」などはタレントのブログを情報源と見なせないのと同様に全く必要とされない。ウェブと同じ考え方をして、「タレントのブログ」に対置されるものも必要とされうると考えたTBSラジオのポッドキャスト担当者はセンスがあったと思う。ここがなくなるとほかに聴くものが一気に減って困るので、人気がなくてもこの路線を維持してほしいと思う。というより、フォークソノミーな人々だって情報に興味があるのだろうから、この路線に需要がないわけがないだろうと思う。惜しむべきなのは、ポッドキャストのサイトのトップページにやる気があまり感じられず、個々のコンテンツが一覧性に欠ける上に面白さが伝わりにくいことだ。

一方、海外のポッドキャストにおいては、日本と違って個人の作ったものの方が面白く感じる。企業のものにも面白いものがあるとは思うが、わざわざ企業のものを探さなくても個人が十分に面白いものを作っているという印象だ。特に、個人や複数人数による対話によって弁論が行われるものがあるのがいい。日本のネットラジオには討論や議論を中心としたものはあるが、自説を述べたり作品の批評を行うにはテキストを書くのが普通なので、音声を通じて個人の意見を聴くことは少ない。個人的には、海外のアニメやマンガオタクの人がやっている番組が面白かった。海外のオタクについては、いまだに「ドラゴンボールやうる星やつらが人気を博している」のような、日本とのギャップを強調しようとする表現が好まれる傾向にある。それは冷笑的であると言ってもいい。マスコミであろうと個人のブログだろうと、海外のオタク市場で作品がどのように流通し、オタク達がその作品をどう語っているか正確な知識を得ようという向きは少ない。日本のコミックやアニメについて熱く語る個人ポッドキャストを聴くと、海外のオタク関連コミュニティがリアルに感じられて面白い。また、日本で既に評価が定まっている作品について丁寧な考察が行われているのもありがたい。例えば1回分が2時間以上もあり聴き応えのあるAWO(Anime World Order Show)などは「ジョジョの奇妙な冒険」を、「こち亀」の次に古い現在もシリーズが継続している作品だと指摘していたりして、そういえばそうだよなあと気づかされる。こうした事実は日本だと頓着されにくく、書いてあっても読み流してしまう部分であるように感じる。

現状のポッドキャストを特に情報源として扱う場合においては問題点がいくつかある。まず、それが利点でもあるのだから仕方がないが、テキストのように流し読みができない。受け手には一定の時間が必ず必要とされてしまう。また集中して聞かねばならないため、他のことをやりながら、特にウェブを読みながら聴くのは難しい。iPodなどに転送して聴けばいいということになるのだろうが、以前にも書いたように、それだけリスニングスタイルを限定されるメディアというものが視聴者をますます増やして発展しようとしているようには思えない。僕はiPodなんて持っていないし、iPodを持つ人だけが得られるような情報にさほど興味はない。

登録した番組のURLすら満足に調べられず、番組のダウンロードにリトライ機能がないiTunesのような貧弱なツールが推奨されるほどまともな受信や再生ソフトがないという問題と相まって、リスナーが情報収集のために効率的な聴き方をするのは難しいと言える。多彩なポッドキャストばかりを専門に聴いて内容をまとめるようなまとめサイトがあれば盛況になるだろうが、現在のところこれらの問題によってかなり面倒な作業になるだろう。

実はこの文章は「ビューティフル ジョー」というゲームについて書くつもりだったのだが、ポッドキャストの話で終わってしまった。インターネットの話などしすぎる必要はなかったのだ。これは失敗である。

2007.02.12 | | コメント(0) | トラックバック(1) | [マンガ] [アニメ

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