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ウィッシュルーム 天使の記憶

「ウィッシュルーム 天使の記憶」に全く関係ない話だけれど、次に作ろうと思っているウェブサイトのドメインによる、新しい連絡先を公開しました。メールアドレスを公開するのを忘れていて何かと不便だった。あと先日対談をさせていただいたQuickJapanの掲載誌が届いたので、風呂で読んだ。カンニング竹山のインタビューがとても気丈で泣いた。自分の対談は辛辣なことを言ったつもりで、著者校正のときにもそう思ったんだけど、本になるとそれほどでもないように見えるのはメディアの質なのか、または別のメディア上からネットについて語ることから生ずる遠さなのか、難しいなと思った。ただ2ページの見開きの中でコンパクトに言いたいことは言ったのではないかと思う。

さて「ハードボイルド」が結局、ハメットやチャンドラーが提示した繊細な人間性を異なった様式美の上で解釈するものでしかないということは、僕にとってそれなりに大きな不満なのだ。僕は清水俊二が最初に「さらば愛しき女よ」を訳したときに、マーロウが他人に語りかける一人称として「ぼく」を選んだことがとても好きだ。後の訳ではそれは「私」になっていくが、当初に清水俊二はマーロウという人間をそう理解した。マーロウは弱く優しく、彼のニヒリスティックな態度は社会に対する青少年のそれと同じ、子供のように拗ねた意地っ張りだ。そしてそれを「タフガイを気取っている」と誤解されるような人物だったのである。今、ハードボイルドと言われてそのようなものをイメージする人はいない。ジャンルの成熟はマーロウという人物を彼自身とは異なった場所に位置づけ、ハードボイルドというフィクショナルなキャラクター性を解釈した一つの類例に過ぎなくした。だから「ロング・グッドバイ」には、村上春樹が僕の知っているあのマーロウを見せてくれるのではないかと、それなりに期待しているのである。

「ウィッシュルーム 天使の記憶」の主人公もまた、様式美としてあるハードボイルドの類例の一つに数えるしかないものだが、セールスマンのジャンパーを着た主人公の後ろ姿は脈絡もなく繰り出されるタフなキャラクター性とは異なっていて、なかなか好ましい。このようなゲームでハードボイルドな主人公類型がもっともらしい根拠を持って示されている例は珍しい。キャラクターのみならずこの物語のテキストは細部までよく考えられ、深いリアリズムに到達している。きたがわ翔みたいな整った線のイラストは僕にとってさほど好ましいものではないけれども、最大公約数のユーザーに安定した評価を得られるものだし、いいと思う。まあ何だかんだ言っているが秘書のレイチェルが美人でなかなかイイねということではある。それはともかく、操作性に若干の難があっても、そんなこと物語には何の関係もないと言い切ってしまえるほど文章に高いレベルがあるのは立派なことだと思う。

2007.02.14 | | コメント(0) | トラックバック(0) | [ゲーム] [文章

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