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ユリイカ2007年4月号

「ユリイカ」の最新号で巻末のコラムを書かせていただきました。特集は「米澤穂信 ポスト・セカイ系のささやかな冒険」で、それは以下のような内容です。

特集*米澤穂信 ポスト・セカイ系のささやかな冒険
【受け継がれる魂】
ミステリという方舟の向かう先 「第四の波」を待ちながら / 米澤穂信+笠井潔

【書き下ろし短篇】
失礼、お見苦しいところを / 米澤穂信

【米澤穂信の〈世界=地図〉】
距離と祈り、あるいは世界の多重化に関する覚え書き / 斎藤環
零度のミステリと等身大の世界 We cannot escape. / 佐藤俊樹
砂漠通信 / 巽昌章

【米澤穂信という〈事件〉】
彼らは考えるだけではない / 松浦正人
米澤穂信のできるまで / 桂島浩輔
互恵関係と依存関係 〈小市民〉シリーズについて / 古谷利裕
エモーショナル・レスキューの憂鬱 「仕事」をめぐる冒険として 『犬はどこだ』 を読む / 仲俣暁生
青春以前小説/青春以後小説 / 円堂都司昭

【〈七つ目の希望〉へのオマージュ】
妖精の土地 連作 / 山崎佳代子

【小説の未来へ!】
HTML派宣言! ネットが僕らの揺籃だった / 米澤穂信+滝本竜彦

【21世紀エンタメの波濤】
シミュレーションの論理をめぐる五つの断章 / 福嶋亮大
波動変遷 新本格と「日常の謎」 / 蔓葉信博
失われたスイーツ 恋の賞味期限 / 浅野安由

【資料】
米澤穂信全作品解説 / 前島賢

この特集はとても面白い。特によかったのは、やはり僕にとっては米澤穂信が滝本竜彦とインターネットについて語った対談だ。90年代後半から00年代初頭にかけてのテキストサイト界隈について語られている。特に、かなり具体的にサイト名や人名が挙げられているのが素晴らしいことだと思う。なぜか。ネットで活動をしていた表現者が、ほかの媒体でこのように自らの出自であるネットでの活動について詳細を語った内容が残されるのはあまり例を見ないはずだからである。つまり作家に限らず表現者に「ネット発の○○」というキャッチを付けるメディアはいくらでもあるが、彼らがネットにおいてどうであったのかということが頓着されることは極端に少ない。これは必ずしも作家自身が語りたがらないせいではなく、実際のところ他メディアの作り手(そして受け手)にとってみれば、「インターネットから『こちら側』にやって来た人」ということだけが重要であり、彼らがネットのどこで何をやっていたか、何に影響を受けたかという具体性は不要なのである。だから、ネット発の表現者が他メディアに取り上げられたとき、彼らのネットでの足跡について詳細に述べられることが少ないのである。このことは、ネットがいつまでも他メディアから別空間として処理され続け、またネット発の表現者が他メディアに現れたとき、ネットとの間に断絶がはっきりと刻まれてしまいがちな理由のひとつだと思われる。

断っておくが、僕は単にインターネットというメディアに対する愛情をもって、それを軽視するなと言いたいわけではない。ただ表現者に対して「インターネット発の」と言われることも多い昨今でありながら、実際のところインターネット上での彼らについては前史としてうち捨てられるのはおかしいと言いたいのである。それは、彼らの表現を語る上で中途半端であり、第一黙殺するには大変に惜しいことなのである。

この対談では作家たちは当時のインターネット内における自分たちの詳細な位置を語る。作家の歩んだ道程はひとつなぎになり、過去と現在は断絶されない。これが本来なのである。問題は、彼らがこれを語っても、読者にとって「自分の知らない昔話が続いているだけ」として処理されることなのであるが、この対談の構成はそれを回避できているのではないだろうか。そう思えるのが、僕が当時を知っているせいでなければいいが。

上記のことも含めて、今売りのクイック・ジャパンに載っている、僕とばるぼらさんがネットと表現者について話した対談と通底する内容を多く感じた。そして今現前している問題、それは僕がこのブログをやっていることにも関連するのだが、ブログが個々の記事によってのみ成り立ち、サイト全体に一貫したものが表現されにくいという問題などが語られているのもとてもいい。

さて巻末のコラムの拙文の話だが、僕も米澤穂信に絡んだ話をしようかと思ったが、精読したこともないくせに大したものは書けないのでやめた。代わりに、前にここにも少し書いたことがある内容、「二〇一〇年代が既に始まっている」という文章を書いた。いろんな文章を書き分けるのが好きな僕としては、ここはコラムの欄なので、ならばコラムを書いてみようぜと思って書いた。自分の思うような1200字のコラムにできて気に入っている。そして内容も、実は上記の米澤穂信の話と、遠くではちゃんとつながっているのだ。

2007.03.29 | | コメント(5) | トラックバック(0) | [文章

コメント

ユリイカぜひ読ませていただきたいと思います!それはそうと

> ブログが個々の記事によってのみ成り立ち、サイト全体に一貫したものが表現されにくい

この話はツールとしてのブログが流行りだした頃から気になっているのですが(自分がブログに手をだせない理由でもある)、私の場合だとひとつのエントリーを読んだあとそのサイトのトップページを開かないと気がすまなかったりするのですが、そういうサイトの文脈を気にする読み方ってどれくらいされているものなんでしょうか(アンケートでもとらないと分からないかもしれませんが)

逆にひとつのエントリーで閉じた世界を表現しようとすると記事を書くのに時間がかかりそうで、即時性を求めるような使い方にはそぐわないような気もします。ところが一方でしょこたんの日記みたいなのが成功しているところが不思議です。

とりとめのない話で失礼しました。

2007-03-29 木 23:58:03 | | mugei #- [ 編集]

mugeiさん、コメントいただきましてありがとうございます。

> そういうサイトの文脈を気にする読み方ってどれくらいされているものなんでしょうか

例えばこのブログは大手のニュースサイトさんからリンクされたことで記事によっては極端にアクセス数が増えたもの(忘れましたが数千とか)がありましたが、1~2の特定サイトからのRefererを除いてみると、毎日のアクセス数とほぼ同等になったように記憶しています。つまり、ほとんどの読者は他の記事を読まずにこのサイトを見終えたわけです。いたとしても数百人程度ですから、全体のページビューに対する割合としては少ないと言えるでしょう。もちろん僕の記事を読んで、ほかのものも読むに値しないと考えた読者が大多数であるかもしれないけど、それなら逆に特定の記事だけが突出して面白いってことになるのも変な話かなと思います。

> 逆にひとつのエントリーで閉じた世界を表現しようとすると記事を書くのに時間がかかりそう

時間がかかるからこそ、そういったやり方が減っているんだと思います。今やブログを書くのすら面倒になった人々がブックマークの一言コメントで話題にコミットして済ませるのが流行のようです。ようはみんながみんな「孫ニュースサイト」みたいな感じになったんですね。これにはいろんな理由があります。フィードの普及や記事個別のリンクが可能になったことで、毎日チェックしなければならない(とみんなが思っている)URLが爆発的に増えたせいもあります。日経ビジネスオンラインが(すら)「チェック男子」と言ったり、ばるぼらさんが週刊アスキーで書かれてたのも同じ話でしょう。

そういう人が大多数なのだろうから、それは別にいいです。たとえば上記のような話自体がウェブで話題になっても、それがチェックされる対象になるだけで何かが変わったりしなくていいです。僕だって、このブログの個別の記事を読んでそれだけに感想を持ってくれる人がいるとうれしいのです。

ただ、だからといってその情報のうねりの中にいるのが賢いとか正しいというわけじゃないです。僕はへそ曲がりなのでそういうことを思ってこんなものを始めたりしますが、世の中にはへそ曲がりを自認しながら情報に振り回されているみたいな薄ら寒い人が結構な数いて、僕はそういう人を見るの、なんかもう自分が恥ずかしいんですね。いやなんです。お前のへそなんて曲がってないぜと言いたいわけです。

だから、そればっかりなのはお前だってイヤだろうよという意味でこのブログをやっています。わずかで全然構わないから、「なるほどね」と思った人が何か違うアプローチを始めてくれて、そういう立場がチェックしたい人達のカウンター的な位置に立てればこのブログとしてはバンザイして終われるんですけどね。

2007-03-30 金 15:23:48 | | ソメル #- [ 編集]

中川翔子のことを書き忘れました。

あれは過剰な更新回数と写真によって個人の時間をカットアップ(時系列的だけど)して見せることに成功しているんですよね。だから一貫した世界観を持っていられるのだと思います。ようするにあれは「今何してる」という写真付き携帯メールが友達(恋人でもいいけど僕は中川翔子が別に好きじゃないので友達でいいです)からやたらと送られてくるようなもので、個々の文章がひどくとりとめのないものであっても、そういうものってその人の存在を実感できるのに似てるなと思います。

2007-03-30 金 15:24:11 | | ソメル #- [ 編集]

ワタシはしょこたんブログは結果的にtwitterを先取りしていたなあと最近感心してしまいました。

2007-03-31 土 14:13:03 | | polytope #E6wUXrP2 [ 編集]

polytopeさん、コメントどうもありがとうございます。なるほど、それはまさしくその通りですね!すごい!

考えを巡らせてみると、ブログだのWeb2.0だのについて、多くの人が市井のジャーナリズムだの集合知の実現だのを訴えましたが、彼らがユメを託した「個人が情報発信する」とはどういうことなのか、その本質を中川翔子ははっきりと見せつけているのですねえ。ほとんど皮肉なほどだ。そう考えると面白いな。そして、だからこそ僕は彼女のページをろくに見ないのだな、ということも分かりました。

2007-03-31 土 17:48:44 | | ソメル #- [ 編集]

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