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逆転裁判4

「逆転裁判4」は、東浩紀の「ゲーム的リアリズムの誕生」を読んでいたころにプレイしたので、あの本の理論で物語を読もうとする癖がついていたようだったが、それはそれでずいぶん面白く感じた。特に最後のシナリオである。詳細に解説されていたプレイヤーの視点やテキストメッセージの語り手が曖昧にされる手法がふんだんに使われていて、あの本の読者には面白がれる部分が多そうだと思った。うまくすれば、以下に書く内容にその影響を現すことができるかもしれない。

さて、本作はおおむね、日本でも2年以内に開始されるはずの「裁判員制度」について考えた内容だと言える。それを説明するために、まず前作までの主人公である成歩堂という男が「逆転裁判」シリーズでやっていたことについて語られる。ここが本作の面白いところだと思うが、このゲームは明らかに非現実的な虚構の裁判ゲームについてメタ的な言及を試みながら、現実に導入される裁判制度について考察しようとしているのである。

成歩堂は彼の裁判の中で、「証拠」を「つきつける」して真犯人以外が犯行をなし得なかったという「ロジック」を組み立てていった。少々強引な手段であっても、たとえば裁判の開始直前に渡された出所の怪しい紙切れ一枚であっても、それを「つきつける」ことで真犯人以外が犯行をなし得なかったという「ロジック」が築ければ成歩堂の勝ちである。それがつまり「逆転裁判」というゲームのシステムそのものであった。本作ではこれがいったん否定される。弁護士が「証拠」によって「ロジック」を築けば裁判官によって判定勝ちが与えられるということは、裁判官と検察官、そして真犯人を納得させる強力な「証拠」を持つ者が勝つということだ。果たして正義が勝つとはそういうことなのか、というのがこのゲームの第一話の内容である。このシナリオがプレイヤーにとって後味が悪いのは捏造された証拠を使って裁判に勝ってしまうからで、また前作までの主人公でありプレイヤーキャラクターだったはずの成歩堂がそれを肯定してしまうからだ。しかし前作までの「逆転裁判」のシステムはそういうものを説明していたと作者は訴えて、そこに疑問を呈するわけである。

かくして前作までの裁判制度、すなわちゲームシステムの否定から出発したこの物語は、最終的に物的証拠に頼らずに真犯人を裁く方法としての「裁判員制度」に近づいていく。それはもちろん、最後のシナリオにおいてはっきりと示される。このシナリオで物語は「7年前と現在の成歩堂が行った捜査内容の資料を裁判員が見る」という視点で語られ始める。資料を閲覧しているとされながらも、捜査の途上においてはプレイヤーは成歩堂として行動するわけで、いわばプレイヤーは入れ子の(二重の)構造を通して物語世界を眺める形になると言っていい。なぜこのような複雑な視点を導入する必要があったのだろうか。言うまでもないことだ。つまり物語は裁判員制度においては「ロジック」について判断するのが裁判官ではなく、裁判員なのだということを示そうとしているのである。弁護士としての捜査を終えて入れ子の視点を外したとき、プレイヤーは裁判員として、提示された「ロジック」を判断する視点であるように設定されているわけである。だからこそわざわざプレイヤーに「有罪」「無罪」という選択肢を選ばせるのだ。このゲームは一般市民が裁判員として判決を下すという重さをプレイヤーに感じさせようとしているのである。そして、プレイヤーが受け取ったその重い判決によって決定的な証拠なしに真犯人は裁かれ、ここに裁判員制度がもたらす「勝利」がはっきりと描かれるのである。この、視点の入れ子構造を使ってプレイヤーに現実の裁判員制度について考えさせようとするアプローチはとても見事だった。

ただ、シリーズを重ねるごとに「逆転裁判」がこのような物語の複雑さを増していくことには一抹の寂しさを感じた。ゲームで味わえるミステリのうち最先端の物語を描ける作品として、また裁判ブームなどと言われる中で大きな変革期を迎えている日本の裁判制度について考える内容を求める中で、本作はいくぶん頭でっかちになりすぎたと言わざるを得ない点があると思う。例えば各シナリオのオープニングムービーはもはや「これから解決すべき事件」をヒントと共に示してくれるようなものではなく、各シナリオをかなり読み進めないと映像の意味すら理解できないものがある。後で「なるほど」と思えるのは確かだが、初見ではどうしても物語に置き去りにされているように感じてしまった。シナリオ全体についても似たようなことが言えるかもしれない。新しい主人公である王泥喜が鮮やかな推理を見せてプレイヤーを満足させてくれることは少なく、結局は既にプレイヤーの手を離れた前作の主人公である成歩堂が大がかりで重厚なストーリーのすべてを取り仕切っていることに欲求不満が募る部分が多い。成歩堂がどこか陰のあるキャラクターになって、含みのある表現ばかりをして王泥喜を煙に巻くのも、不満に拍車をかけるように思う。本作の主人公である王泥喜は、暗中模索ばかりが続くせいかどこか息苦しそうなのだ。彼の裁判中のアニメーションも、成歩堂のアニメーションを初めて見たときの楽しい印象に比べてなぜか深刻そうな表情で似たようなパターンばかりが繰り返されているように見える。

また、最も残念なのはこのゲームのメインタイトルにある「逆転」のカタルシスがほとんどなかったことだ。王泥喜はかつての成歩堂のように徹底的に追い詰められたりはしないし、劣勢を一気に跳ね返すこともない。そもそもライバル役である検事がものすごく王泥喜に協力的である。検事と弁護士は双方とも、少なくとも真実を求めるのが前提になってしまっている。これらのテーマは過去の作品で語られてはいるが、しかしだからといって本作ではあまりにも裁判が淡々と進みすぎるように思う。前述のように物語のすべてが成歩堂の掌の上にあるということにも関係があると思うが、最後の方では「待った」と言われても特に驚くこともなくさっさとメッセージを読み進めてしまった。音楽が以前と変わったせいかなどと考えていたのだが、やはりムチャクチャなどんでん返しが足りないのが一番の原因ではないかと思う。

以上のような不満点がないわけではないが、それでも面白く読める作品であるし、過去の作品にあったテキストの楽しさは要所要所でしっかりと残っている。そして、現実の裁判制度を踏まえて考え抜いたあげくに前述したようなゲームシステムやシナリオ構成を考え出し、あまつさえ実際にやってしまうラディカルなゲームは、この「逆転裁判」シリーズよりほかにないのではないかと思う。だいたい、すっかり慣れてしまってはいるが、このシリーズに似た推理ゲームなんてほかにはどこにもないのである。

2007.05.24 | | コメント(0) | トラックバック(1) | [ゲーム] [文章

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